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2016年2月

2016年2月28日 (日)

お別れの季節

もうてんやわんやです。
それでも、別れの時は近づいてくる。

今の職場を離れるにあたって、
送迎会を開いてもらい、感謝、感謝です。
これ以上ないくらい、
公私とも充実していた5年間。
あっという間でした。

「また一緒に仕事しようね」と
たくさんの人に言われました。
それが一番の財産かな。

今週から全く違った環境での仕事です。
違いすぎて実感がまだ湧きません。
湧いてなくても、構わないけれど。

Img_0823
(Photo by 嫁)
大好きな写真も撮れていないな〜。

わが子もまた、
てんやわんやの日々を演出しています。
噴水芸の披露は毎日だし、
なかなか寝てくれないし、
おむつの横モレまで。

自分たちは親として若輩者ですね〜。
妻のそばで、もっと手伝いたいのになあ。

ラムちゃんは新生活2週間、
かなり慣れてきました。
義父、義母の前でも、
堂々とken2に甘えるようになりました。
思った以上に、強い子。感謝です。

Img_0820
ベランダのスズメが気になる。

わが子との絡みはありませんが、
時々、ベッドをのぞいています。
神経質にならなければ、OKです。

これからしばらく、
一人の時間が長くあるなあ。
では、行ってきます。


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2016年2月21日 (日)

転機は一度に

わが子誕生の喜びに
どっぷり浸る時間がありません。

引っ越しになりました。
出生と同時に、転勤になったのです。
あ然とするしかない。

D4a_5143
Nikon D4 / AF-S Nikkor 24-120mm f/4 VR

というわけで、怒涛の1週間でした。
出生手続きに加え、家探し、
会社の手続き、車の定期点検の前倒しまで…。
夜勤前に一仕事も、二仕事も終える感じ。

特に難題は家探し。
仕事柄、居住が望ましい地区に
ラムちゃんたちと住める物件がない。
あっても、エレベーターなしで、
子どもを抱える妻にはつらい。

みんな一緒に住みたいけれど、
長期戦を覚悟しました。
とりあえず、単身で引っ越します。
たった1、2カ月だろうけど、
寂しくて仕方ないです。
世の単身赴任のお父さんは大変…。

妻が実家に里帰りをして、
僕も家にいる時間が少ない。
このままだとラムちゃんが
放ったらかしになってしまう。

そこで、僕とラムちゃんも
里帰りに同行してしまいました。
とりあえず、ここでなら、
ラムちゃんに寂しい思いを
させなくて済む。まずは一安心。

実は、ラムちゃんにとって
12年ぶりの実家ですが、
覚えていないでしょうね。
義父、義母とも同居になるので、
最初はかなりビビっていた様子。

Img_0789
iPhone 6

少し慣れたら、今度はわが子が退院。
つらい思いさせたと思います。すまぬ。

Img_0805

仲良くして、なんて言わないので、
少しずつ、気にならなくなったらいいな。

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2016年2月14日 (日)

新しい家族です

初めまして。
私たち夫婦のもとに来てくれてありがとう。

D4a_4954
Nikon D4 / AF-S Nikkor 24-120mm f/4 VR

わが人生最大のハイライトの日。
結婚13年目で第一子を授かりました。

以下、長い1日のお話です。

昨年6月に妊娠が分かりました。
これが最後の病院と思い定め受診、
私たち夫婦の思いが叶いました。

出産予定日を数日過ぎた、
2月9日の夜、妻がお腹の痛みを訴えました。
明け方、午前4時半に痛みの感覚が短くなりました。
誰がどう見ても陣痛。病院へ直行。
昼過ぎに破水。分娩室に向かいました。

私はお分かりの通り、
血を一滴でも見るのが苦手な虚弱男子。
でも、いつの間にか分娩室に同行していました。

職場に電話連絡すると、休みにしてくれました。感謝。
陣痛が2分間隔になり痛みも増した様子。
ken2に何かできないか!?
背中をさすってみますが、
妻は一言、「触らないで」。…はい。無力。

日が傾くのが分かってきたころ、
助産師さんの「見えてきましたよ」という言葉に
ふと目隠しシートの横に目をやると、
頭と髪の毛が見えるではないか…!
見える!見えるぞ!

これまで気分が悪くならないように、
あまり見ないようにしていたが、
そんなおびえは一切消えました。
「見える!見えるよ」「よしこい!」「がんばろう」。
自分に松岡修造が乗り移るのを感じました。

いよいよ、佳境。
その時、隣の分娩室からは泣き声が聞こえきました。
激痛にあえぐ嫁は一言。「隣は生まれたんじゃ」
この期に及んで、他人をうらやましがる余裕があるとは…。

我が子の頭を凝視しながら、
応援し続けるken2。
周りの助産師さんたちに
「奥さんが恥ずかしいから、
あまり見てあげないでね」と
クギを刺されました。

一応我慢していましたが、クライマックス。
ああ駄目だ、見るでしょ、
この瞬間は目に焼き付けるでしょ。
頭が抜け、顔が見えました。
「ああ、出た!見えた!」と叫んだような。
するりと体が抜けて出ました。

鼻や口の水を吸引すると、
予想以上に大きな泣き声。
ken2の涙腺が決壊し始めました。

母と子は太いへその緒でつながっていました。
助産師さん、看護師さんたちが声をかけながら、
ハサミを入れます。
正確な内容は忘れましたが、
ken2の脳はこう解釈しました。
この子はついにこの世界で生きていくのか。
自分の力で生きていくのか。

嗚咽を漏らしながら大泣きをしました。
自分にそんなピュアな部分があったとは。
クシャクシャな顔のまま
親子の記念撮影してもらいました。

手を洗って自分でも写真撮影。
すっかり、終わった気でいました。

しかし、まだでした。
へその緒、胎盤を取り出すときが危険。
それをすっかり忘れていたのです。
先生の様子が変だなと思った直後、大量の出血。
同時に、「あ!あ!いかん!」と先生が叫びました。

看護師さんや助産師さんが険しい顔で駆けつけます。
これが産後の出血というやつなのか…。
私にはショッキングな光景を目にして、
ここにいては治療の邪魔になると考え、
部屋の外に出ました。
ガシャーン!と何がか倒れる音も聞こえました。

人生最大の喜びから
一瞬で絶望の淵に立たされました。
妻は「え?何?」と事態に気づいていなかった。
本人は何も知らぬまま、最悪の事態がありうるのか。
妻が母としていられる時間は一瞬なのか、
この子はどうすればいい、と激しく動揺しました。
でも居ても立ってもいられない、
自分はそばにいなければ…。
意を決して部屋に戻りました。

すると、先生の「出血は止まった」という声。
「血圧正常です」という声も聴こえました。
良かった。
感情の振れ幅が大きすぎて、マヒ状態です。

あらためて、我が子を眺めます。3244㌘。
予想以上に大きな子でした。
服を着させてもらい、
駆けつけたke2夫婦双方の両親とも対面。
私たちで考えていた名前で呼びかけてみます。
笑顔が見えました。これに決めよう。

妻は40歳での初産、自然分娩をやり遂げてくれました。
本当に偉大です。
妻に、新たな生命にただただ感謝しています。

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